★“桜鍋”食して、吉原へGO!!by-きぃさんを囲む会


今日はリクルート社時代の気が合う仲間と発起してかれこれ6年目、“きぃさん(元リクルート社専務取締役)を囲む会”のお花見で、浅草へやって来ました。
(↓隅田公園から、墨提通りをぶらりぶらり… ここ最近の冷え込みで桜前線も一休み、、桜の花は6分咲き程度)

メンバーは、きぃさん・キムキム(人材コンサルタント会社/HRK代表取締役)・なべさん(元リクルートエリアリンク取締役)・薮内氏(リクルート社特命課長!?)そして、ゲストの女性(元リクルートのYuri!)と堤の都合6名。
リクルートグループ在籍時に、本当にお世話になった“きぃさん”・・・
『皆が嫌がる仕事は、仕組み化(システム化)すれば良い!』
『コア業務にこそ、高い価値を発揮する人財(高い固定費)を、非コア業務は変動費化する事!』
『人財の配置は、暇な時を常に想定して配置を!』『数字で語れ!数字こそが万国共通の言語!』
『困難な時に、多数決で意思決定するのは“逃げる”経営者!正しいか正しくないかで意思決定しろ!』
『議論で“日和見”になるな! 意思決定したらぶれるな!』
等々、、、本当に多くの事を学ばせて頂きました。

(↓江戸城を開城に導いた勝海舟の像、そう言えば勝海舟墨田区出身ですね!)

(↓隅田川は、少し川面に霞がかかり そめいよしのピンクと淡いコントラストでした)

そして、我々は当然の事ながら、「花より団子」「桜より櫻(??)」!
仲見世通りを寿司屋横丁に向かい(←今日の浅草の商店街は、驚くほど混んでいました)、ちょっと脇に入った場所できぃさんの馴染みの、魚割烹のお店へ!(時間は午後5:00前…)今宵は6時半から、メインディシュの“ケトバシ”(=櫻鍋)が控えている為、旬の海の幸・山の幸で駆けつけ三杯 冷酒で肴をつつきました。
(↓“より道”の女将さんは気さくなおばちゃん、話し上手&勧め上手 “また、明日も待っているよ!”との事、小さいお店ですが良い仕事をしてくれます)

房州勝浦の初鰹 紀州串本沖のカンパチ 砂島の真蛸 乗っこみ明石鯛の兜煮 京都の筍、若筍煮若狭サヨリの一夜干し 等の「旬」の素材に拘った一品料理は、とても上品な味で東京赤羽が蔵元の冷酒がすすみました。

そして辺りが暗くなって来た午後6時過ぎ、、今日のメインディっシュのケトバシ(櫻鍋)を食しに吉原大門へGo!   *注:ケトバシ→馬、 櫻鍋→馬肉のすき焼き
馬肉料理は、信州長野と九州熊本が有名であり、筆者も某大手半導体製造装置メーカー(熊本工場)への出張は、福岡出張時に必ず組み込む、必須のコース! 櫻料理のコースは“ひひ〜ん!”と精が付きます。  そして、きぃさんの“うん蓄”によると『元々浅草に、どじょう屋や牛鍋屋、天婦羅屋や櫻鍋屋が多いのは、男衆が“吉原”へ繰り込む為に“精”を付けて行くために繁盛した』『また馴染みの花魁と待ち合わせしたり、朝帰りに一杯引っ掛けて帰る、粋な旦那衆の社交場だった』との事、、、そして時代は変わり、バブル経済真っ只中の時には、千葉方面でゴルフのプレイをした企業のお偉いさん達は、ハイヤーで帰路の首都高を向島・堤通りで降り、櫻鍋や牛鍋を食べて、吉原(=千束)の湯船でしっぽり“養生”したそうです。。。

(↓吉原大門には、明治の面影を残す店屋が軒を並べます “土手の伊勢屋”は江戸っ子天婦羅の老舗です ちなみに江戸っ子天婦羅とは、胡麻油を強めに江戸前穴子やハゼ・キス・メゴチ等に白身の天婦羅を指します)

(↓櫻鍋“中江”は、明治38年創業、当時の吉原大門付近には数十店の櫻鍋屋があったそうです)


(↓馬刺しに櫻鍋、ビールに赤ワイン、鍋は本当に数秒間 火を入れるだけでほんのり櫻色の肉を頬張ります *左から薮内・きぃさん・なべさん・キムキム)


(↓味噌を絡ますのが特徴!ちょっと割下が甘いのも、東京風なのでしょう、、卵をくぐらして食べるのも関東っぽい…)

(↓中江には、多くの芸能家が顧客に付いているそうですが、店内には古い絵や書が飾ってありました)

取り留めのない話しや、昔の仲間達の近況を尋ね、あっ!と言う間に時間は11時近く・・・
ノスタルジックな街で、昔のリクルートの面々の話しはピッタリ! ワインも何本注文した事でしょう、、

・・・・さて、この後 櫻鍋で“精”を付けた我々はどこへ突撃すれば良い事やら。・。・。・結局、終電に間に合うように帰路に着きました。   ふ〜っ!よく飲んだ一日でした。。